無料ブログはココログ

« イラッとし始めてきた。。 | トップページ | 「ありがとう」と「ごめんなさい」 »

2011年12月 1日 (木)

伝えたいこと

みんなに伝えたいことがあります。

まずは、コメントをくれたみなさん。返事のコメントを書きたいのに、コメントを書くとネットが通じなくなるんです。ごめんなさい。ここ2~3日あまり調子がよくありません。

想像力はホントに大事だと思います。患者を診るときにも必要だし、人が生きて行く上でも大事な力だと思います。

私が好きな言葉に

「夢は知識だ」

という言葉があります。なんだ??って思うかもしれないけど、先進国の子がが描いている将来の夢と発展途上国の子が描く夢は違うように思えるのです。

どんな仕事があるのか、なりたい職業に対して何をすればいいのか、今以上の現実を想像していないかもしれない。出来ないのかもしれない。もちろん、そうじゃない子供も日本にも海外にもたくさんいると思います。けど、少なからず私は知識があればもっといろんなことを想像することが出来るのではないかと思います。だから私は、せめて今自分がいるモンゴルにいろんなことを伝えたいのです!

私が今、一緒に患者をみている看護師に思うことは「なぜ?」と思う気持ちをもってほしいということ。

なんで膝が曲がらない?なんで痛い?なんでこんなに長くギプスをしている?

私が挙げればキリがないくらい「なぜ?」と思わなければ問題点を見つけ出し

解決することはできません。が、しかしうちのCPは「なぜ?」とあまり思わないようです。

今日は一緒に診ていた患者の担当看護師が休みだったので、本来のCPと患者を診ました。が、急変してICUに患者が移っていました。

なんで?どうして?どこが悪くなったの?と後で尋ねたら「わからない。自分の患者じゃないから」その場では患者もいるし、もう意識がない危険な状態だからそんなこと聞けない。

でも、CPはその患者に何の疑問もなかったようです。

急変したからICUに行った。だから今日はリハビリ出来ない。…それだけ。

確かに担当患者じゃないからくわしく状態はわからないかも知れないけど、気にならないのかな??だれにでも同じリハビリ内容をしている。よくなったかどうかも気にしていないような気がする。リハ回数が少ないからかな??

う~ん。。お国柄ではなく、性格の問題か??むしろ私は毎日なんで?と思うことが多すぎて困っている。異文化・環境に来たからっていうのもある。でも、普通に患者を診る上で、なぜ?と疑問を持つことはそれとは関係ない。

もし膝が曲がらなかったら…どんな生活になるのか?とか考えたり出来るようになってほしい。今の症状だけを把握するのではなくその後の生活を見れるようになってほしい。

自分もまだまだ評価は上手じゃないけど、なぜ?どこが原因かな?と考えない日はない。それが仕事だし、考えて出したプログラムで改善していくことがたのしい。

もうひとつ。。(食事中の方はほんとうにごめんなさい)

さっきのICUに移った患者ですが、仕事中に切断した木材が飛んできて、内臓損傷してしまったようです。骨折もしていました。手術をしたのですが、十二指腸から消化液が浸出し皮膚を溶かしてしまっているのです。手術が不十分で、つまり腹部側壁に直径5cmほどの穴があいていて、そこから消化液、出血が…もちろん細菌感染による膿も…

スゴイ衝撃的な感じでした。しかもそこはガーゼなどで処置されておらず穴がふさがっていませんでした。決して綺麗ではない布団がそのまま掛けられていました。これでは細菌感染するのでは?といったら「そうね。でも医者がこのままで。って」と看護師に言われてしまいました。せめて浸出液をカバーするために敷いていた新しい尿パッド(使い捨てなのでまだ清潔かな?)で穴をふさいで見ました。

臥床傾向なので、全身の筋萎縮が進み、やせ細ってしまっています。臀部には褥瘡も出来てしまっていました2回ほどベッドサイドでリハをしました。清拭して血圧を測りベッドでのギャッチアップ、骨折部のマッサージと簡単な可動域訓練しかできませんでした。

手術の技術不足による結果だと思いました。重体であったけど、きちんと手術が出来ていれば助かる命だったかもしれない思います。ここでは患者は、死と隣り合わせなのです。ICUから一般病棟に移った患者が経口摂取を始めて、きちんと摂取方法を指導されずに家族が食べさせてしまい誤嚥性肺炎でなくなってしまった患者もいました。

たしかに家族も看護師も、なぜ穴があいたままなのか?と感じていると思いますが、仕方がない。と思うのか。後でそのままくっつくと思うのか?それともこれが失敗だとわからないのか?それなら、すぐになんとかしようと思わないのか?

今日診た他の患者さんも、ベッドサイドで全身の筋緊張が高く、中枢神経疾患(はっきりと診断名はついてませんでした)の方が、家族が横向きに体位変換した際に、どうやら股関節が脱臼してしまっていました。診た直後、すぐに医者に連絡してもらいましたが、不在。。担当医でもなくていいからはやく整復してほしいと思ったけど、誰でもが整復出来るわけない…私だってできない。家族も困っていました。医者にすぐに診てもらえない状況が悔しかった。本当は明日家に帰る予定だったのに。そのために今日は車いすへの移乗方法を教えるつもりだった。。しばらく家には帰れないかもしれません。。

自分の非力さはもちろんだけど、すぐになんでもできる国で育った自分と、待つことが当然の国の文化はあまりにも違いすぎていたたまれなくなった。

脱臼している患者さんを前に何もできなかった。たとえ私が脱臼整復できたとしてもこの国ではそれをしてはいけない。私はココでは「理学療法士ではなく、ただの理学療法を知っている人」なのだから。責任がとれない。

自分に何ができるのか。何をしたらいいのか。

わからなくなって、最近ずっと悩んでいた。職場の上司が心配して声をかけてきた。ゆっくり二人で話しあってみた。出来ることはたくさんあるのだと言ってくれたけど、それは看護師に自分が「こうしたらいいよ」と「それは間違っているよ」と口を動かし、手を動かすことだと。それが彼らに知識を増やすことになるのかもしれないけど、彼ら自身は望んでいるのか?いつまでたっても一緒に患者を診ることがままならず、同僚に放置され、一人のマンパワーになっている。マンパワーになりすぎていることを上司はよく知らないのだ。

そんな心配ばかりが頭を巡らせ、助言を発する気持ちを抑制させている。

でも、上司に教えてもらった。

「日本人に診てもらってよかった。本当やさしくてイイ子たちだ。体もよくなった。」といってくれる患者さんがいるのよ。と。

正直うれしかった。うれしすぎて、そんな言葉がもったいなくて涙が出そうになった。

何言ってるのか、正直わかりにくいモンゴル語で、訓練メニューとやれと言ってくる日本人に対して…

患者さんが帰り際にいつも「ありがとう。また明日」と笑顔で帰っていく顔がたまらなくうれしい。モンゴル人にはいつもの習慣的なあいさつにすぎないような気がするけど。

少しでも生活しやすくなる患者が増えればいい。

視点を変えれば支点も代わって、もしかしたら何かがうまく回り始めるかもしれない。

Dsc02412

« イラッとし始めてきた。。 | トップページ | 「ありがとう」と「ごめんなさい」 »

JICA 活動」カテゴリの記事

ひとりごと」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1365510/43220791

この記事へのトラックバック一覧です: 伝えたいこと:

« イラッとし始めてきた。。 | トップページ | 「ありがとう」と「ごめんなさい」 »