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JICA 活動

2013年3月 6日 (水)

ぐーてん たーく

ひさしぶりに活動の話デス。 でもそんなに堅苦しくないので、お暇ならどうぞ♪

私が配属されているのは、国立外傷整形外科センター
つまり、国立の外傷専門病院です。今日も、相変わらず賑やかというか、廊下にも寝かされている患者さんがいます。部屋足りない・・・

そんななか、あまり見かけない名前のカルテをもらいました。なんて読むのか??果たしてモンゴル人か!? という疑問ありw

実際にベッドサイドまで行ってみると、「Oh~!!ガイジン!!」って、もうすでにモンゴル人を外国人として見ていないこの感想www

白人男性でした。 はて?? モンゴル語できるかしら?
「Сайн байна уу? =こんにちわ」
「・・・・・・・・」

やっぱりダメか。。60代後半の男性。 しかもちょっととっつきにくそうな雰囲気バリバリww
なんとなく、自分の経験上、しょっぱなから目を合わせてくれない、そしてリッチにコーヒーすすってるあたりから、そんな気配を感じました。。。

英語はなんとかカタコトで通じるけど。。 そもそも何人!? という疑問が。

と、そこに通訳兼介護者(モンゴル人)が来てくれ、ほっと一安心♪ と、思いきや、この人もほとんど私の英語力と大差ねぇーーーーーー!!!!
通訳の意味なしww

結局、患者さんはドイツ人でした。 そして、痛みに敏感。。 触るな!リハビリなんかしねー! という態度。 こわい。
そして、眼鏡のせいで、懐かしのケント・デリカットを彷彿とさせる大きな眼・・・

吸い込まれる~!!!! と、1人ビビっていましたが、通訳が、彼の娘さんに電話して、通訳。 おかげでリハビリしてくれることになりました。
これ、通訳の意味ほんとない。これなら私でもできるわ・・・

ま、なんとか身振り手振りで今日のリハビリはこなしましたが、やっぱり困る。 
ってなことで、こんなん作ってみました。 病院には大量に印刷したモンゴル語のホームプログラムをおいてますが(一応、作りました) 今回はドイツ語版!! 即席バージョンです。 手書きが一番ラク~wheelchair

Dsc06475


果たして、Google翻訳サイトの整合性はいかに!!??

合ってるのかな~coldsweats01

文字とかもアルファベットもあるけど、なんだかわからないのもあるし、でもなんとなく英語と似たような感じの単語もあったりして、面白いchick

膝は英語でKnee ドイツ語でKnies とか  なんて発音するのかもよくわかんないけどcatface

ちなみに、ドイツ人の彼はモンゴルに10年ほど住んでいるようですが、モンゴル語できないそうです。娘さんはしゃべれます。 あんまり外に出ないのかな?

モンゴル人と話ししててよく思うことがあります。彼らは、外国人相手でも容赦なくいつものスピードで話します。 早い・・・ そして、外国人だからって容赦なく難しい単語を使ってくるし、もちろんモンゴル語で。。。 この強気、見習わないといけませんね。 英語ができないから外国人に話しかけるのをためらいがちになっている島国・日本人fuji 

もっと「攻め」の姿勢で挑まねばなりませんな。。 (私、個人だけかもしれませんね・・・)

と、いうわけで モンゴルにいると、わりとこういう体験できてしまうあたり、変な錯覚におちいる。 やっぱり首都の国立病院だけあって、、日々面白いです。

そろそろ春です~

だいぶあったかくなってきました。帽子とか手袋いらなくなってきましたcherryblossom

2012年11月12日 (月)

ちゃんと活動してます。

気づけばFacebookもブログも活動に関すること、お休みしてた気がする。。ということで、みんなに心配されないように活動に関してちょっと報告しておきます。

実は最近、勉強会を再開しました。(2月くらいから休んでた)

なんで休んでいたかというと、・・・方向性を見失っていたから。。ひとつは自分の語学力が足りないばかりにうまく伝わらない。英語もダメ。。 こうなると図を多めに資料作ったりしてたけどそれでもうまく理学療法評価とか教えられない。 というわけで、いくらやっても実際にはみんなやってくれない。 そしてだんだん出席者が減る。(理由は色々)

これではいかん!と思い、リハ科長に相談(彼女はたまに出席しているから全容を知らない)

「私からももう1度みんなに言うわね、勉強会は大事よ」と言ってくれる。現に、ちゃんとでないとダメよ!!とみんなにミーティングで言ってくれる。ありがたい。

では次に自分がすること。(コレが一番大事)

資料の工夫(難しい文章を長くたくさん書いてはいけない。自分でも後でわからなくなるから)どんなにチンケな文章であっても自分が普段使っている単語を盛り沢山、写真盛り沢山な資料を作る! これが一番

今回は昔作ってた上肢MMT(徒手筋力テスト)の方法の下肢バージョンの資料

上肢疾患は現在私は診ていない。(OTがいるからとりあえずわかりやすく上肢/体幹・下肢で分けてみた。ホントは色々賛否があるかと思いますが・・・)

なので下肢のMMTを中心に教えよう!!

資料はほぼイラストだけ。MMTの段階0~5の説明に関しては上肢のときの資料もあるし、一応は説明済み

筋肉と測定肢位のイラスト これのみsun シンプルで非常によろしい。

自分でも使ったことない単語だらけの資料なんてそもそもモンゴル人の前でスラスラ気持ちを込めて読めるわけがない。 緊張するし。。

だったら文章なんていらな~い!! と、今回のMMTは省いてしまいました。

結果ずいぶん見やすい資料に・・・

勉強会は、それでも個別に声かけて、時間10分押しのスタート 毎回。飴食べてる人sadも携帯ならす人gawkもいる。でもほっておく。。次第に気づいてやめてくれるから。

まじかcoldsweats02 と、思う人もいるかもしれませんが、うちの看護師は自分で携帯切りますmobilephone

「今、勉強会中だから。」

 私がやな顔するからかもしれないけど、もしかしたら少しは興味をひくことができているのかな~?なんておもったりconfident

なにより、今回の勉強会は7月から就職してくれた(モンゴルは6月が卒業シーズンなので)PT学科2期生の女の子がいる。 彼女は日本にも研修行ってるから私も話ししやすい。そしてなにより頭いい!!! くみ取り能力が半端ナイ!!!!

こっちがいってること、多分2~3聞いただけでちゃんとモンゴル語にささっと訳して説明してくれる。今回の勉強会もホントは何も打合せしてなかったけど、途中から彼女がみんな位ちゃんとフォローしてくれたのは助かった。 モンゴル人看護師の理解度が違う!!!

ありがと~sign03

基本、最近は彼女のサポート的な感じで一緒に患者を診ながら(もちろんひとりでも診ますが)やってます。

そいえば、先日個室で入院している患者を(VIP)診ました。ベッドサイドで診療する患者は午後からっていう流れですが、朝からリハDrに連れられ挨拶に。(この時点で怪しいかんじ)

よくしゃべるおばちゃん英語できる感じ。(左人工股関節全置換術施行+内科疾患あり)

術後4日だが、まだ一人で起きてない。歩いてない。 怖いから。

たしかに、わかるが、ここでは4日も歩いてないってなるとちょっと面倒。でも、そのおばちゃん、日本人の私を見た瞬間に「うれしいわ~私ね、まだ歩けないのよ。怖いの。でも足がすごく痛むのよ~だってまだ4日でですもんね。一人で少しは足動かしたりしてるのよ。でもあとはどうしていいかわからなくてリハビリしたかったの!・・・・・・・・・」話は止まらない。。

たまにいる。日本でもいる。こういう患者さん。。

とりあえず、話はさらっときいて午後来るから!と言いました。しかし、彼女、私のことばかり見て、モンゴル人PTの事全然見ない。まるで無視。

午後に診療行ったとき、ほぼモンゴル人がやるので私はアドバイスとかサポート程度。でも話しかけてくるのはこっちばかり。。 まったく困った人です。 日本人だから外国人だから。。うちのPTも立派なPTです。強いて言うなら新人だというくらい。でもしっかりしてる頑張り屋さんです。わたしよりしっかりしてるかも、、と思うくらい。

そんな彼女が「あの患者、私のこと見てない。はなすこともシャルマンガルよ」だって。たしかにcoldsweats01と、二人で呆れ返って笑いました。  シャルマンガルってあんまり直訳できないけど、おばかさんね!みたいな・・

こういう彼女のキャラクター、私的には好きです。付き合いやすいnote

というわけで、活動してますよ。今回も写真ないですが・・・ あと8ヶ月切りました。

2012年7月25日 (水)

夏全開!!

ついにきたよ~夏休み☆

なんでこんなに夏休みはうれしいんでしょ♪大人になっても嬉しい夏休みsun

職場と夏休みの期間をめぐって少々ごたついていたけど、なんとか1ヶ月もらうことができました。(その代わりOTと交互にもらいます)

夏の予定はキャンプに旅行に・・・ とりあえずUB脱出だ~!!

と、そのまえにやはりやることはやらなければなりません!

先日、ハワイから来ていた研修生が研修を終えたそうです。知らなかった。(旅行中でした 笑)

色々、英語だけでなく、多くのことを学んだ気がします。もちろん、彼もそうであればいいのですが。

最後にお別れの挨拶をしたかったです。。we miss you...

彼は、クリスチャン(モルモン教だそうです)だから、色々話をしていると視点がちがって、面白かったです。もちろん、わからないこともたくさんあったけど、彼と知り合うことができて本当によかった。色々相談して、お互いの将来について考えることができたような気がします。

最後に、彼と一緒にリハビリ道具(おもにバランス系)を作りました。発想が豊かだから、相談するといいアイデアを持っていました。しかも、家を建てたことがある強者!この力を使わずにはいられない!ってことで色々協力してもらいました。

丸いまな板に、底にはドアノブを取り付けたバランスボード(ちょっと高度な感じでまだ乗りこなせる患者はいませんが・・・)写真なし・・・

そして、片脚立ちの練習に。。Dsc04344

あ~ホント楽しかったwink

そして、今度はホームプログラムの作成。 とりあえずこんな感じ。。

Dsc04527人工関節の患者用に(これなら個人にいちいち合わせなくても大体一緒だから大量生産しやすい!)

ネットじゃうまい感じの絵が見つからなかった!こうなりゃ手書きでしょう!ってことで絵も自力で描きました。笑

いつも旅行ネタしか書いてないけど、ちゃんと活動してますcoldsweats01

なんとか、1年目の区切りとして形に残せた!よかった。。あと半分。早いな。。

2012.6.20 ちょうど一年経ちました。とくに何かしたわけではないけど、ちょっとだけモンゴル語が上手くなって、ちょっとだけPTとして、人として成長できた1年です。

みんなは大きなことしてるな~って思ってくれてるけど、日本で働いているのとそんなに変わらない。言葉が違うだけ。ちょっとだけ生活が不便なだけ。ちょっとだけ日本食とキリンビールが恋しいだけ。それだけのこと。 

気づけば今年でPT7年目。

同期生と同じ年数。ふと、そんな風に感じました。ま、それぞれ数字では表せない努力や苦悩、失敗、喜び個々にあると思いますが。

といった1年目。さてもう1年はどんな1年にしようかな。やっぱり全力で過ごしたい!ここにこれた意味を、ここに立っている意味をもう1度しっかり見つめ直して、悔いなく過ごしていこう。

最近、水道工事もまだ終わらなかったり、旅行行ったりと忙しくてあんまりゆっくり考える時間ないけど、同期の活動風景とか見てると、やっぱりちょっと焦る。。

みんなかっこいい。   負けてられん!!

はやく、お湯が出て、洗濯機が動いて、トイレの水漏れが治りますように。。

そればかりを祈る今週1週間でした。明日からまた旅行に行ってきます!めざすはタリアト火山fuji

ふ~sweat01 お金なくなりそ・・・笑

 

2012年4月29日 (日)

ゲル基金バザー

最近、腰痛が悩みの種です。年でしょうか?PTのくせに自分の体のメンテナンスがちゃんとできないPTです・・・

今週末はちょっと忙しいです。モンゴルゲル基金バザーのお手伝いに行ってきました。

JICAボランティアが2年間の活動後においていく服等を、ゲル地区で販売し、その収益をゲル地区の医薬品に当てるというシステムで動いています。

年に何度かバザーを行なっています。

久しぶりのゲル地区です~sign01 Dsc03720


一応、ここもUB市内です。首都の中にいわゆるスラム街があります。でもここ、UBの街中より道が綺麗!! ゴミが落ちている量が少ない。インフラ整備が不十分であるが、区民の美化意識は高いように思います。不便なところだからこそ、うまく資金を回して街へ還元しているのでしょうね~ すばらしい!!

見てもわかるように、ゲル地区なので、モンゴルゲルがたくさんです。遊牧民が遊牧やめてここに仕事を求めて上京してくるのです。ある意味、ゲルが見たければ、草原に行くより簡単にたくさん見れるところです。白いの、全部モンゴルゲル(移動式テント)です。

今日はここの新しい役場の一室でバザーを行いました。服は全部で189点。半分は来週のダルハン県で行うバザー用に残してあります。

これを年に数回、JICAは年4回新隊が来て、帰国隊員がいます。入れ替わりが年4回。。

つまり、みんなすごい量の服を置いて帰るってことです。すごいですね・・・一人10着前後の衣類をおいていくのです。ゴミにするよりはいいのですが・・・

日本人の意識がここにも現れています。もちろん、置いて帰らない人もいますし、そもそもおいていく(バザー用に)つもりで日本から持ってきている人もいます。

さて、さて、バザーの様子を少し載せときます。

Dsc03713

Tシャツやなどは500Tg(33円くらい)セーターやズボンは1000Tg(70円くらい)の価格設定です。かなり安いです。

先日、メンパンを1本、UBの”原宿”で買いました。35000Tg(2300円くらい)です。韓国製です(ここでは韓国製の衣類がやっぱり高級品というか生地も縫製もしっかりしているので素敵ね!という感じ)

ちなみにぼったくられてはいません。モンゴル人でも同じ値段でしたよ~

なので、それから比べるとやはり破格の値段ですねsign03もちろん、なかにはこれ、売れないだろ!と思うような服t-shirtも混じってましたが、センスの違いかsign02わりと売れましたcoldsweats01

そんなこんなで2時間弱、お店を開いていた結果、ここのソンギノハイルハン地区の26番区(人が溢れすぎて区を追加した新しい番区)の人たちがたくさんきてくれ、89,800Tgの売り上げになりました。

これは貧困で苦しむゲル地区の人たちの薬代へと回されますsoon

病院受診がまともに出来ない人がたくさんいるのです。そういった方を診察している家庭病院へ寄付され、薬を買います。

ちなみに、うちの病院のとなりはゲル地区なので、わりと生活貧困者が来ます。たまに子供もいます。かれらはうちの病院の裏手にある広場で歌等を歌います。

つまり、「ごはんをください」的な意味合いです。

モンゴルの病院では入院食もでますが、オートミール的なものしかでず・・・付き添いの家族が毎食持ってきます(買ってくるものもあります)その持ってくるご飯を目当てに彼らは来ています。うまくいくと、上の階からご飯が投げられます。(パンとかピロシキとか袋に入ってますよpouch

最初はびっくり(;゚Д゚)しましたが、いまでは風物詩的な感じで毎日眺めています。

そこで気づいたこと、同じ不労者でも酔っぱらいだと、ご飯は投げてもらえません。やはりそこは厳しい世の中です。歌が下手でもご飯は来ません。。厳しいな。

ちなみに、そういった彼らのお仕事は、廃品回収です。街中に落ちているペットボトルやビール瓶、金属(銅線とか)を回収し、買い取ってもらうのです。くわしいことはわからなかったんですが、今日行ったゲル地区に廃品回収を買い取っているお店が何件かありました。

Dsc03711
値段設定の看板です。やはり安いです。

ビール瓶1本10~50Tgくらいかな??これを街中まで集めに行って歩いて帰ってくる。

(バスは一人400Tgなので乗っていては割に合いませんからね。。)

ビール瓶よりも軽いペットボトルをたくさん回収したほうが効率がいいから、ペットボトルをあつめている人が多いように思います。

ちなみに、UB市内のマンション街の端(ゲル地区との堺目)からここのゲル地区まで、10個分くらいのバス停があります。。


大変な仕事です。

もちろん、ゲル地区に住んでいる人のずベてが浮浪者ではありません。会社などで仕事している人もたくさんいます。

ただ、このゲル地区が年々広がることで、大気汚染問題が深刻化しています。

今日、バザーを行なった26番区の新・代表はDsc03716

若い女の人です。彼女もここのソンギノハイルハン地区の出身者です。よかった。やはり地元の人がこういった代表を務め、住民の立場にたって考えてくれるのがうれしいです。

バザーの後に少しお話を聞くことができました。

ちなみに、2010年に新しくできた26番区はさらに9つのグループにわけ、それぞれの代表がまずは地図を作成、家族構成等をきちんと1件1件調べているのです。

今は、汚染大気を削減できるストーブを各家庭に配り始めているそうです。ほんとに、今年の冬はモンゴルの寒さを身をもって体感しました。燃やせるものならなんでも燃やしてとにかく暖を取りたい!!!!!って思うくらいの寒さです。

北海道の冬??目じゃありませんsnow 北海道の冬はあったかいです。

ここはやはり極寒の地でした。

2012年4月25日 (水)

何やってんだろう

なんだか寝れない。。

どうしたものか・・・考え事したりしてると、どんどん寝れなくなる。

仕事のこと、明日の仕事のこと、同僚のこと、友達のこと・・・・

頭も心もいい加減疲れるな。。って思いつつも今日もこんな夜更けです。昨日寝たのは5時頃・・・(昼寝したせいもあるけどww)

Dsc03650

先日、系列病院へ見学に行ってきた。UB市内で一番古い病院。ここも外傷系の専門病院。古くて天井抜けたりしている。

そこのリハ室。

型紙もとらずに、だいたいの目安でこのプラスチック装具(お湯の中につけると柔らかくなるプラスチック)を切ろうとしています。。こんな高価な物を・・・もったいないよ~!!!!!

フランスから支援が入っているから(もちろんこんなもの、モンゴルでは買えません)使いたいように使う! といった感じでしょうかね。。

あ~なんてことを。。。

JICAボランティアが入ってるバスケチームの主力選手が試合中に怪我したらしい。しかも準決勝。。コーチやってる友達の話ではACLもPCLも切れてるらしい・・・詳しくはわからないけど。。

1度、着地で膝を捻ったのかな?ベンチに下がらせたらしいけど、本人の意思でもう1度出場してもう1本も靭帯も切れたらしい・・・

山王戦の桜木か!? いやいや、そんなこと言ってる場合ではないのだ。。

多分、ほかの箇所も怪我してるだろうな~・・・ どっから聞いてきたのか知らないが、UBにJICAのPTがいると知っているらしい。。ご指名デス。ドキドキするな。。

ここにいると日本ではありえないような待遇がやはり待ち受けている。 若干、ビビる。

日本人、PT5年目 これだけで十分有名人に慣れてしまう。ふふふ モンゴル語は下手くそなのに「診て欲しい」と思ってくれている。ありがたやありがたや

実際、整形で働いたのなんてわずか3ヶ月。自信がある整形疾患なんて下肢OAですけど、なにか??希少な症例とか、少し時間頂いても大丈夫ですか?

なんて毎日患者さんの体を診ながら教科書開きながら思ってます。

かれこれ10ヶ月が経って、それでも毎日たりない頭ひねりながら患者さん診たり、同僚と話したり。 でもすごい楽しい。楽しくて楽しくて帰りたくない。

今は、当初考えていたことより、もう少し具体的に目標定めたりできるようになってきた。

大雑把だったものがだいぶしっかりしてきた。いちいち、すぐ怒らなくなった モンゴルとはそういう国なのだ」 と、わかったようなつもりになって、少しだけ穏やかに仕事に取り組めるようになってきたかもしれない。

最近、砂嵐が来たかと思ったら雪が降ったり、時には半袖で外出歩けそうなくらいあったかくなったり・・・ モンゴルでは春は疲れるのだそうです。。私的には 春眠 暁を覚えず って感じですがね。。

たしかにこんな天気では疲れる。Img_0090

この写真は近所の大通り。pm7:00

砂嵐の日に外出するとろくでもないことになるということを身をもって体感できた。。 

顔も頭も耳の穴もジャリジャリになる。

「目が、目が~!!」  ってムスカになる。

Img_0091


そして、スカーフを顔にかけて歩く人

ちょっと怖い

あ~ どうしたら寝れるんだ~ 一日ってあっという間に過ぎていくな。早い。

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最近のヒット

「中国製を日本製だと言い張る商品」 

一瞬、「かつおだし」かと見間違えるパッケージ 笑

モンゴル人が、「なんて書いてあるんだ?」って持ってきたけど、日本人の私にも解読不能な難儀な漢字を使っている。。そもそも何に効くのよ??って私が聞きたい。。

これ、外国人からしたら日本製かと思えるわけで、でも中国製だから安いんだけど、日本製だと思うモンゴル人は少々高くても買うわけで・・・

日本じゃ絶対売れないけど、こういった外国では売れるんだろうな~。しかも高値で・・・

なんだか切ないわ。

ブランド物の偽物も普通にたくさんあるし、わりとクオリティー高いものもあるし。。

2012年1月 4日 (水)

27歳って…

今日はモンゴル83年度の「ツァツォー会」でしたscissors 同い年で飲もうって会です。

1月4日に帰国する21-3のWooyanの送別会でもありました。

彼はホントに同い年か?と思うくらいしっかりした人です。みんな自分よりしっかりしてる。

幼児教育やデザイナー、陶芸家、PC隊員、保健師…様々な職種がたくさんいます。たぶん、日本にいたらそんなに知り合うことが出来ない職業の人とたくさん出会うことができている。

ほんとにおもしろい。それぞれ考え方が違うのに、同じ協力隊で同じ国にいる。

それだけでも十分な出会い

Wooyanとは何度か旅に出かけたりすることができました。上手く伝えられないけど、彼の頭の中は私には計り知れない多くのことが詰まっている。仕事で行き詰ったときも話を聞いてくれた。「ゆるぎない」何かがあるように思う。 だから自然と人が集まってくる。

生きてきた場所も違えば、今見ている景色もきっと見方が違う。経験してきたことが違うから、自分と違う考え方がいろいろあるのだと思う。

この数日、彼は寝る間もなく後輩隊員と さし で語っていた。それだけ信頼がある人なのだと思う。「彼と出会えて本当によかった」と心から思える友達です。

これから2年後帰ってからの方向性、年齢も踏まえると不安がないなんて決して言えない。手に職があっていつでも仕事に復帰できるとはいえ、自分がやりたいことをできるか自信がない。。

そもそも自分のやりたいことって何だろう

理学療法士の仕事は好き。本当に好き。やりがいも感じる。でもこうやって海外で何かをやることも好き。

やりたいけど、実現できなかった夢だってある。27歳。帰国するときには29歳。。

社会と関わって生きていくことも考えると、現実と理想に挟まれて葛藤もする。

もう勢いだけで過ごしてきた20代とは違う。                             これからの人生ビジョンをもう少し細かくしなくてはいけないような気がする。

Wooyan先生のお言葉に「出会いは一瞬、付き合いは一生」と名言が出ましたが、まさにその通りで、出会いは毎日たくさんある。そこから付き合っていく仲間は住む場所が離れても一生なのです。

人との縁っておもしろい。

自分もいつかは帰国するけど、その時にどれだけの人と出会えてどんな付き合いがあるのか楽しみsign01

正月早々、CPに愛想を尽かされました。

私と彼の性格は全くの正反対sign05 この数カ月関係性を作るために色々話をしたりしてきたはずなんだけどな。でも話してたのは私の方だけだったかも…結果的にはうまくいっていなかったみたい。

正直、凹んだし悔しかった。。何も話してくれない彼に「もっと色々話し合いたい」といってきたけど、それが彼にとっては苦痛以外の何モノでもなかったのかもしれない。

ついにCPは自分の殻に入ってしまい、何も言わずにリハ室から出て行きました。別の小さい部屋で1人でリハビリをしたいそうです。

いちいち彼と一緒にみる患者がいるときに部屋を移動するなんて出来ないし、事実上別行動をとると言うことです。

彼が何も言わないのは性格なので、これ以上どうにもならないのかな。            正直、モンゴル人だから分かりあえない部分があるのか思っていたけど、それは違った。仲良くなれるモンゴル人はたくさんいる。。気分屋なとこ、子供より子供っぽいスネ方をしたり、都合が悪いとすぐに黙ってしまう。そんな彼の性格は正直、難しすぎる…           自分も悪いトコあるけど、せめてわかってほしいから色々聞きたいし、色々教えたかった。でも彼にはその気持ちがうまく届かなかったみたい。

しばらくは遠くから見守ることにします。いつかはリハ室に戻ってきてくれるといいな。。

Dsc02914

モンゴルの一本道。

まがり道はほとんどない。道に沿って進んでいけば目的地周辺にはいつか辿り着く。

でもそこから目的地に行くためには努力も必要。だって草原には目印なんてない。      人に聞いたり、記憶をたどっていくと目的地のゲルに辿り着けるのだ。

時には草原を突っ切って、近道できることもあれば遠回りになることもある。

草原のゲルに辿り着くにはモンゴル人のドライバーが必要なのだ。

 

2011年12月 5日 (月)

「ありがとう」と「ごめんなさい」

土日、モンゴル初のPT学会に参加してきましたnew

モンゴルでは今年PTが誕生しました。それまでは看護師が運動療法(主にマッサージや物理療法)を行っていました。でもまだ卒業生が⑬名(だったかな?)と、まだまだ少ないのです。

でも今回の学会にはPTの学生さんやリハDr.や看護師など、たくさんの人が来ていました。

会費15000Tg(=1000円弱 安い…)でおまけに製薬会社のボールペン、メモ帳、ファイル、日本製のメジャー(BMIがすぐにわかる表付き)、USBが付いてきました。すご~いsign03

Dsc02422

わりと女性の方が多かったです。ここもまた、女性社会なんですね…foot

しかし、残念だったのが携帯音出しearそして、久しぶりの再会なのか席を変わるがわる移動しておしゃべりしている人がいました。せっかくの講演なんだから静かに聞きたかった。。お金払っているんだから他の人のこと(もちろん自分のことも)考えてほしいな。。

ほんと残念…sweat01sweat01

2日間朝から晩までフルコースでしたが、全部はさすがに出ませんでした。やっぱりモンゴル語がうまくわからない。スライドの絵と少しの英語で理解できたかな~??っと言う感じでした。来年こそはリベンジup

そして、日本からも群馬大学の医師やPTが講演に来ていました。ここは、モンゴルのPT学校を支援しているので、日本へも留学しにいったりしているのですpaper

日本からもたまに来て、講義をしているようでしたが。。PT1年目のモンゴルには少々レベルが高かったような。。長年、運動療法をしている看護師さんのことも念頭に置いてほしかった。日本の授業の様な…しかもスライドが全て英語。。ここはそんなに英語ができる国じゃありませんよ~penguinむしろロシア語の方がみんな使える。。そんな国です。

なんとなく「ん~mmm」と唸りたくなるような印象でした。それでもしっかりメモをとっている方もいたり、日本と違って意見交換も活発なのがうれしかったですtulip

さて、今月はもう師走…早いな~。。

12月のクリスマスにはモンゴルでは「シンジル」といってクリスマスと新年をお祝いする忘年会の様なパーティがあります!!それのためにみんな新しいドレスを新調したりと準備が大忙し。。

わたしの予想では当日も仕事があるけど、きっとそれどころではなくなるのでしょう…

同僚の子が、仕事終わりに新しいドレスをもって帰ってきました。おそらく院内の販売で買ったんでしょう。。かわいいheart01

が、しかし「お金かして」ときた。。

「なんで?」

「明日返すから75000Tg貸して。わかった?」

わからない。。わかるわけがない。

なぜ?と聞いたのに、「なぜならば~」がないじゃないかsign02   4500円をなぜ貸すのだ?買ったんだからもうお金は要らないでしょ?そもそも、なぜあなたの衝動買いにお金を貸すの?そしてなんで年下なのに上から目線なの??

そりゃ、年下に見えてもしょうがないけど、せめてお金借りる時くらいなんか違う言い方あるでしょう…

モンゴル人はよく語尾にзаа юу?(ザーヨ?)と言ってくる。「わかった?」的な…

モンゴル人には普通なことでも、私にはすごくキツイ口調に聞こえるので嫌いな言葉。(日本人にはあまり好かれない言葉かも…)CPの男の子には使ってほしくないとお願いしました。。

ま、そもそも持ち合わせもないし、そんな大金貸せない。貸したくない。

帰宅後、銀行にお金をおろしに行きました。JICAはATMでお金を下ろせないので、窓口で毎回おろします。

なので今日もいつものように外国人登録カード(パスポートの代わり)を出したら、

「これじゃダメだ。おろせない。パスポート持ってこい」と言われた。

はて?なぜだ?いつもおろしているし、パスポートはJICA事務所に保管してあるよ?

「いつもこれで下ろせている。これはパスポートの代わりでしょ?」と聞いたら

「ダメだ。あっちで聞き直せ」とぶっきらぼうに。。

タダでさえ毎回15分から20分も窓口に並んでいるのに?またあっち行くの?

なんとか食い下がって、前回の明細書を見せてみた。そこに記載されている名前の担当者に再度確認してもらった。…が、「知らない。って言ってる」と。 なにっcoldsweats02sign02sign02

なんで自分でサインしておいて知らないだなんて言うのsign02

ココであんまり言っても仕方がないなと思い、別の窓口(たぶん相談係)のとこで色々説明してみた。

「このカードじゃ出来ないわ」と言われる。

「でもパスポートはずっとJICA事務所なんです。」

と、JICAの名前を出した瞬間、別のところに電話を掛け直してくれ、結局下ろせることが分かった。仕方ないからもう一度20分並んでようやくお金をおろせた。よかった~dollar

でもせめて、一言「すみません」とか言ってほしい。

そっちの情報がきちんとしてないからこうゆう事になったのにな~gawk。と、思ったけど、ココは外国。

仕方がないのである。日本人は少々「すみません」を使いすぎているだけなのだから。

日本語の「すみません」はExcuse me,Sorryと2種類あるけれど、ココは1つだけ。

そんなに謝るな」と言われる。

ありがとうもよく使っていると「友人なんだからいいんだ。ありがとうは必要ない」と言われる。

でも…悪いときは謝りたいし、うれしい時は感謝の気持ちをいいたいnoteそう育ってきたし、それが私の当たり前なのだclover

どちらがいいのかは、問題ではなくて、文化の違いについて少し考えてみただけ。

国が違えば言葉も食べ物も習慣も感覚も何もかもが違うのだ。しょうがないか。。

でも理解できなかったりするところは理解しようと試みている。それでもダメなことは少々目をつぶるようにしなければ… 受け入れてこそ…

でも、自分がいいと思ってやってきた習慣は捨てたくないから、これからも

「ありがとう」と「ごめんなさい」は忘れずにhappy01

大切なことはそれぞれ違うのだから、理解しようという気持ちを忘れないでいこうと思う。

そう!これを忘れちゃいけないんだ。

Dsc02435 学会には日本のスリングセラピーの会社の社長が自らきて実演してくれました。

たしかにモンゴル受けのよさそうな機械です。

どこか買って継続的に使ってくれる病院はあるのかな?

2011年12月 1日 (木)

伝えたいこと

みんなに伝えたいことがあります。

まずは、コメントをくれたみなさん。返事のコメントを書きたいのに、コメントを書くとネットが通じなくなるんです。ごめんなさい。ここ2~3日あまり調子がよくありません。

想像力はホントに大事だと思います。患者を診るときにも必要だし、人が生きて行く上でも大事な力だと思います。

私が好きな言葉に

「夢は知識だ」

という言葉があります。なんだ??って思うかもしれないけど、先進国の子がが描いている将来の夢と発展途上国の子が描く夢は違うように思えるのです。

どんな仕事があるのか、なりたい職業に対して何をすればいいのか、今以上の現実を想像していないかもしれない。出来ないのかもしれない。もちろん、そうじゃない子供も日本にも海外にもたくさんいると思います。けど、少なからず私は知識があればもっといろんなことを想像することが出来るのではないかと思います。だから私は、せめて今自分がいるモンゴルにいろんなことを伝えたいのです!

私が今、一緒に患者をみている看護師に思うことは「なぜ?」と思う気持ちをもってほしいということ。

なんで膝が曲がらない?なんで痛い?なんでこんなに長くギプスをしている?

私が挙げればキリがないくらい「なぜ?」と思わなければ問題点を見つけ出し

解決することはできません。が、しかしうちのCPは「なぜ?」とあまり思わないようです。

今日は一緒に診ていた患者の担当看護師が休みだったので、本来のCPと患者を診ました。が、急変してICUに患者が移っていました。

なんで?どうして?どこが悪くなったの?と後で尋ねたら「わからない。自分の患者じゃないから」その場では患者もいるし、もう意識がない危険な状態だからそんなこと聞けない。

でも、CPはその患者に何の疑問もなかったようです。

急変したからICUに行った。だから今日はリハビリ出来ない。…それだけ。

確かに担当患者じゃないからくわしく状態はわからないかも知れないけど、気にならないのかな??だれにでも同じリハビリ内容をしている。よくなったかどうかも気にしていないような気がする。リハ回数が少ないからかな??

う~ん。。お国柄ではなく、性格の問題か??むしろ私は毎日なんで?と思うことが多すぎて困っている。異文化・環境に来たからっていうのもある。でも、普通に患者を診る上で、なぜ?と疑問を持つことはそれとは関係ない。

もし膝が曲がらなかったら…どんな生活になるのか?とか考えたり出来るようになってほしい。今の症状だけを把握するのではなくその後の生活を見れるようになってほしい。

自分もまだまだ評価は上手じゃないけど、なぜ?どこが原因かな?と考えない日はない。それが仕事だし、考えて出したプログラムで改善していくことがたのしい。

もうひとつ。。(食事中の方はほんとうにごめんなさい)

さっきのICUに移った患者ですが、仕事中に切断した木材が飛んできて、内臓損傷してしまったようです。骨折もしていました。手術をしたのですが、十二指腸から消化液が浸出し皮膚を溶かしてしまっているのです。手術が不十分で、つまり腹部側壁に直径5cmほどの穴があいていて、そこから消化液、出血が…もちろん細菌感染による膿も…

スゴイ衝撃的な感じでした。しかもそこはガーゼなどで処置されておらず穴がふさがっていませんでした。決して綺麗ではない布団がそのまま掛けられていました。これでは細菌感染するのでは?といったら「そうね。でも医者がこのままで。って」と看護師に言われてしまいました。せめて浸出液をカバーするために敷いていた新しい尿パッド(使い捨てなのでまだ清潔かな?)で穴をふさいで見ました。

臥床傾向なので、全身の筋萎縮が進み、やせ細ってしまっています。臀部には褥瘡も出来てしまっていました2回ほどベッドサイドでリハをしました。清拭して血圧を測りベッドでのギャッチアップ、骨折部のマッサージと簡単な可動域訓練しかできませんでした。

手術の技術不足による結果だと思いました。重体であったけど、きちんと手術が出来ていれば助かる命だったかもしれない思います。ここでは患者は、死と隣り合わせなのです。ICUから一般病棟に移った患者が経口摂取を始めて、きちんと摂取方法を指導されずに家族が食べさせてしまい誤嚥性肺炎でなくなってしまった患者もいました。

たしかに家族も看護師も、なぜ穴があいたままなのか?と感じていると思いますが、仕方がない。と思うのか。後でそのままくっつくと思うのか?それともこれが失敗だとわからないのか?それなら、すぐになんとかしようと思わないのか?

今日診た他の患者さんも、ベッドサイドで全身の筋緊張が高く、中枢神経疾患(はっきりと診断名はついてませんでした)の方が、家族が横向きに体位変換した際に、どうやら股関節が脱臼してしまっていました。診た直後、すぐに医者に連絡してもらいましたが、不在。。担当医でもなくていいからはやく整復してほしいと思ったけど、誰でもが整復出来るわけない…私だってできない。家族も困っていました。医者にすぐに診てもらえない状況が悔しかった。本当は明日家に帰る予定だったのに。そのために今日は車いすへの移乗方法を教えるつもりだった。。しばらく家には帰れないかもしれません。。

自分の非力さはもちろんだけど、すぐになんでもできる国で育った自分と、待つことが当然の国の文化はあまりにも違いすぎていたたまれなくなった。

脱臼している患者さんを前に何もできなかった。たとえ私が脱臼整復できたとしてもこの国ではそれをしてはいけない。私はココでは「理学療法士ではなく、ただの理学療法を知っている人」なのだから。責任がとれない。

自分に何ができるのか。何をしたらいいのか。

わからなくなって、最近ずっと悩んでいた。職場の上司が心配して声をかけてきた。ゆっくり二人で話しあってみた。出来ることはたくさんあるのだと言ってくれたけど、それは看護師に自分が「こうしたらいいよ」と「それは間違っているよ」と口を動かし、手を動かすことだと。それが彼らに知識を増やすことになるのかもしれないけど、彼ら自身は望んでいるのか?いつまでたっても一緒に患者を診ることがままならず、同僚に放置され、一人のマンパワーになっている。マンパワーになりすぎていることを上司はよく知らないのだ。

そんな心配ばかりが頭を巡らせ、助言を発する気持ちを抑制させている。

でも、上司に教えてもらった。

「日本人に診てもらってよかった。本当やさしくてイイ子たちだ。体もよくなった。」といってくれる患者さんがいるのよ。と。

正直うれしかった。うれしすぎて、そんな言葉がもったいなくて涙が出そうになった。

何言ってるのか、正直わかりにくいモンゴル語で、訓練メニューとやれと言ってくる日本人に対して…

患者さんが帰り際にいつも「ありがとう。また明日」と笑顔で帰っていく顔がたまらなくうれしい。モンゴル人にはいつもの習慣的なあいさつにすぎないような気がするけど。

少しでも生活しやすくなる患者が増えればいい。

視点を変えれば支点も代わって、もしかしたら何かがうまく回り始めるかもしれない。

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2011年11月25日 (金)

イラッとし始めてきた。。

タイトルの通り、今日はいい加減イラッとしてきました。。

職場の人に放置されました。OT(もちろんJICA)と患者を診ているうちにモンゴル看護師が誰もいなくなってしまった。。

本来、医療系はとくに現地活動時はモンゴル人の看護師と一緒に動く約束なのです。もちろん、活動先の人には何度も何度もいっていますが。。

今回はさすがにちゃんと言おうと思い、CP(カウンターパート)にいいました。

なんで?私を置いていったの?

どこいってたの?

もちろん彼は病棟の患者さんを見に行っていたみたいです。でも、行く時は声かけてくれない。毎日毎日見張っているわけにもいかないし、他の看護師とも活動するから彼ばかりにどこいくの??と聞いてもいられない。だってトイレに行くときもあるでしょ??

前から何度もお願いしているのに、あまり伝わっていないようです。私たちJICAは、一人で患者を診ることはできないよっていっているのに。。

彼らの言い分は

「自分の患者じゃないから担当の看護師がすぐに戻ってくるとおもった。」

「自分の患者もいるから、病棟にいた。」

「簡単な患者だから君たちをいちいち連れて行くのは大変だから」

たしかに。でも誰もいなくなれば困ることを状況見て気付いてほしい。。

簡単な患者でも一緒に行ってくれないと私たちはただリハ室で留守番する羽目になる。もちろん急に新患が来ても診れない…どうしたらいいわけ??

ココで黙っていても話は解決しないから、ちゃんといってみた。

そしたら

「なんでそんなに怒っているのよ~お菓子たべなさいよ」だって。。

なんで怒っているかって??なぜわからないのだ…散々お願いしていることが出来ていないからでしょ…人が真剣にモンゴル語で伝えている姿がそんなに滑稽か!!??

お菓子でおさまるほど子供じゃない。。こんなにお願いしている姿をみて笑っているモンゴル人にさすがにイラッときた。悔しいというよりは怒りがでてきてしまった。患者を診る以前の問題だ。

一緒に患者を診るときは「どうしたらいい?」って聞いてくれるけど、いなくても仕事できるならなぜ要請をだしたのだ…しかもPTOT2人も呼んで…

ただのマンパワー補充ならもっとコミュニケーションをとれるモンゴル人を雇えばいいのに。

一緒に患者を診たい。病棟に行く時は一声かけてほしい。

ただそれだけなのに…

帰りの満員バスもさすがに窒息するかと思ったけど、いい人が荷物を持ってくれた優しさに触れて少し気持ちがおさまってきた。

お金回収しにくるおばちゃんもさすがに身動き取れずにいたから無賃乗車してしまった。。ごめんなさい。お金払う気はありました。ずっと手に握りしめていたもの。でもおばちゃんもさすがに疲れていた…どうしてこんなにバス混むのかしら??殺人並み。

そしてなんでこんなに渋滞しているんだろう。。もっと譲り合う心と歩行者の信号無視を辞めれば緩和されるはず…

バスの窓も凍って外見えない…降り間違えそうでこわい。

ちなみにうちのパール暖房はいまだに蚊の様な暖かさです。ちっともあったかくない。。

けど部屋はなんだか普通。これならドミに避難しなくても生きていけるな。。

2011年10月 9日 (日)

休日出勤!!

今週は新居にJICAの友達が来てくれ、相変わらず家主なのに早々に寝てしまうっていう。。そんな飲み会をしてました。。note

日曜日はリハ科のスタッフとともに休日出勤してきました。

Dsc01827 彼はTh11/12の脊髄損傷です。看護師さんで今は医大の学生もしています!ホントに大忙しsweat01 午前中に学校行って、午後から仕事しにきてます。

もちろん脊損ですが、車いすに乗って運動療法をしにベッドサイド行ったり、同じく脊髄損傷の患者のために色々な歩行補助具や装具をお手製で作ったりもしています。。

たまに家庭訪問しているのですが、今回はそれに同行させてもらいました。

彼が運転する車は右手でアクセルブレーキを操作できるように彼自身が改良しています。。恐ろしく働きマンshine そしてTHE・モンゴル人で、とってもたくましいfoot

今日訪問した患者さんは21歳のC6/7の脊髄損Dsc01828傷。受傷①ヶ月。手指・下肢機能が効きません。

日中はお姉さんが介護をしてくれていますが、力のあるモンゴル人は何かと力任せで介助しているので、楽な方法や訓練メニューなどを教えてきました。

このお手製の枠は上記で紹介した彼が作っています。これでいろんな練習や、介助を補助します。平行棒としても使えるのですnote

今は上肢の筋トレをしています。

起き上がりも家族が全介助しているので、せっかくだからこの枠と紐を使って少しでも自力で起き上れるように指導しました。一日の中で自分ですることは友達に携帯でメールすることくらいと言っていたので、日本から持ってきた福祉用具のカタログを見せて、フォークやスプーンを使って自力で食事を摂取し、起きている時間や回数を増やせるようにDsc01837

Push upの重要性を説明してみました。。この腰部の装具や下肢装具も彼が手作りしているモノですsign05

日本にある装具の原理と全く一緒です。これは彼が実際に脊損になって必要だと感じ、色々勉強しながら試行錯誤しながら作ったそうです。

ちなみにこの21歳の彼。受傷した要因はモンゴルで街中でたくさん売っていて、みんなが食べているサマル(松の実)を採ろうと木から落ちたそうです。こうやって骨折や死にいたるケースがたくさんあります。。サマルはモンゴル人ホントに大好きcoldsweats01(私も好き)でも、ホントはUB以外ではこれを採ってはいけないそうです。警察に捕まりますcoldsweats02 しかし警察官もたべているので、多少は黙認しているそうですが。。

ではUB産のサマルならいいのかと言うと、UBにはこの木はほとんどありません。。だからみんな地方の田舎にいって夜中に盗るのですdownそして暗闇の中の仕事のため落下する…なんとも悲しい話ですtyphoon社会問題は道端のサマルのゴミだけではなく、こういったところにもあるのです。。サマルは毎年採れるものではないそうなので、たまに採れる年にはこういったケースが出てくるのだそうです…う~ん…………どうしたもんか。。

Dsc01839彼のおうちでお昼ご飯をごちそうになった後、UB市内の観光地ザイサントルゴイ(展望台)から少し奥に行った川辺でビールを飲んできましたbeer

モンゴルの秋はほとんど紅葉がないので枯葉状態ですが…それでもお天気だったのと久しぶりの川辺でのんびり出来たのがとっても気持ちよかったnotes 

モンゴルの川は水位も低いし狭いから車でなんなく横断できてしまうrvcar

川の透明度も高く、キラキラしてましたshine

「海や日本が寂しくなったらいつでも連れて来てあげるから遠慮なくいうんだよnote」その言葉になんだかうれしくなって少し涙ぐんでしまったけど…恥ずかしいから夕陽が眩しいフリしてごまかしてみたbearing

そして一緒に付いてきていたうちの外来患者さんDsc01856の25歳の彼女。彼女もL3/4脊髄損傷。

とっても美人でhappy01彼女とは年齢も近く、訓練中に仲良くなることができたので、お家までお邪魔させてもらいました(相当立派な家でしたhouse) 彼女の部屋は可愛い。。乙女の部屋でしたね…

彼女も装具と2本のロフストランド杖で歩行してます。右下肢の底背屈が出来ません。左はまだ何とかできます。彼女にも訓練メニューを指導してみました。とってもがんばりやさんで、毎日一生けん命運動して、もちろんオシャレもしっかりしてますnote

Dsc01851彼女の家には狼の毛皮がありました。。思わず「これ、狼じゃん!!!」って日本語で興奮してしまったdash

「泊っていきなよ~」とお誘いを受けましたが、職場が遠く、バスも走っていないのでまた今度ねcoldsweats01と言って帰ってきました。。ホントは一晩中女子トークしたかったのですが…残念sweat01

帰り道にモンゴルカシミアのデパートを物色。。高すぎて買えないdown 今、ココには日本人デザイナーが一人います。1年ほどいるそうです。JICAではないですが、彼も新卒でモンゴルに来て一生懸命頑張っています。 

帰るときにはこの GOBI ブランドのカシミアを買って帰れるように貯金しよう…dollar

そんなこんなで休日出勤しつつ車じゃないといけない場所に連れて行ってもらったり、がんばっている人達に触れて元気充電できたからgasstationまた来週からがんばるぞ~sign03

Dsc01849 やらなきゃいけないこと溜まってきてるけど、自分もがんばらねばgood

 

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